| エリート官僚による信じがたい不祥事が続いています。しかし、すべてを政治の責任に帰するかのような昨今の報道は、いかがなものでしょうか。 そもそも「モリカケ問題」に関する一連の報道は、私自身のささやかな経験に照らしても疑問が残るものでした。学部を一つ新設するだけで膨大な書類の提出を求められ、重箱の隅を楊枝でつつくようなチェックを受ける設置認可の判断に、政治家が口を差し挟む余地があるとは思えません。ましてや誇り高い官庁において、直属の上司ならまだしも、政治に対する格別の配慮があったというのも、信じがたい話です。皮肉なことに財務省事務次官がセクハラ疑惑で更迭されたという事実は、忖度はおろか、モラルすらなかったことを物語っているのではないでしょうか。 もちろん政治の責任は大きく、国民の不信を招いたのも当然のことでしょう。 しかし、確たる証拠もないのに「国政の私物化である」「首相は嘘つきだ」と騒ぎ立て、内閣を退陣に追い込もうとしている今の状況は、まるで“魔女狩り”のようで、終戦直後の日本を見る思いです。 GHQは自分たちの行為を正当化するため、巧妙な情報戦で日本を侵略国家に仕立て上げようとしました。あの悪名高い東京裁判において、「自分たちが正義である」という主張をもって敗戦国日本を一方的に断罪しました。その結果、素直で従順な日本国民は「戦前の日本=悪」と信じ込まされ、国民としての誇りも魂も失ってしまいました。 押し付けられた「平和憲法」を唯一無二のものとして大切に守ってきた、戦後の日本。この世界の非常識とも言える国家のあり方に初めて異議を唱え、日本人の心の再生のために立ち上がったのが、安倍内閣です。 現政権は、これまで教育改革や経済再生、そして外交にも、相当な成果を上げてきました。自らの職務を放棄し、国会を空転させている野党は、無責任きわまりないとしか言いようがありません。また、マスコミの印象操作によって正確な情報が伝わらなければ、主権者たる国民は判断を誤り、日本の国の危機を招くでしょう。 独立国の国民としての誇りと責任――その一番大切なものが、今、忘れられてはいないでしょうか。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2018年06月号)誌に掲載されているものです。 |